ご縁”のお話(その2)

ご縁”のお話(その2)

PHOTO:JSF設立披露パーティ

(その2)は宇宙です。しかも、私が今働いている日本宇宙フォーラム(JSF)のことです。浅からぬ特別の“ご縁”があります。

26年以上前の1994年1月にJSFの設立発起人会が開催されました。当時私は旧科技庁の宇宙の担当課長で、山東科技庁長官等の幹部に随行し、同発起人会に出席し、いよいよ財団が設立されて、活動が始まるという場に立ち会い、少なからぬ興奮を覚えたことを思い出します。それまでJSFの設立には紆余曲折があったからです。どんな目的にするか、どんな事業をするか、など財団の性格を巡って様々に議論がありました。特に意見がぶつかったのが通産省(当時)との間で、事業内容をどうするかです。産業志向にするか、それとも科学技術志向にするか、でどちらが責任をもって支援するかが決まるので、その点が大きな論点でした。約2年間、解決の妥協策が見えない中で、前任者から設立問題を引き継ぎました。

JSFの設立発起人会

JSF設立発起人会で挨拶される山東昭子科技庁長官(当時)。現在は参議院議長。

とにかく、通産省と話をしなくてはらちがあきません。先方相手の課長も新人に変わりました。経緯も含め、財団の事業内容等を率直に話してみると、彼は細かいことにこだわらない大らかな人柄でした。財団の事業が科技庁が責任をもって監督できる事業範囲であれば、それでよいというのです。本件は予期せぬ速さでケリがつき、私は彼の態度にとても感心し、心から感謝した覚えがあります。こうして迎えた設立発起人会です。そこには大きな文字で「日本宇宙フォーラム」と書かれた看板が掲げられていました。その財団の名称を提案したのも私でしたので、とうとう財団が現実のものになったと内心とても高揚感があったのです。

日本宇宙フォーラム看板

以来20年余、JSFの業務に関与する機会はありませんでしたが、“ご縁”がそう仕向けたのか、ウクライナから帰国後の翌2015年、理事長職が公募され、それに応募してはどうかと人からの勧めがありました。昔設立に深く関わったことが気持ちを後押しし、応募したところ、採用が決まり、以来約5年が過ぎました。昨年2月1日にはJSFは設立25周年を迎えました。式典には、設立発起人会にも参加された山東元科技庁長官をはじめ、予想をずっと超える多数のお客様が来られ、この四半世紀にJSF職員とJAXAや関係企業等の方々がいかに努力して、JSFの各種事業の発展に取り組んでこられたかを実感しました。そして、多くの方々のご協力と祝福を得て、この式典を主催できたことに特別の感慨を持ちました。JSFとの四半世紀をかけた“ご縁”です。不思議な巡りあわせと言うほかありません。

JSFは当初、宇宙開発に関する国民的な理解と支持を広げるために、広報・調査事業を中核に据えて活動を始めましたが、その後、国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」内での宇宙実験支援、宇宙デブリの観測、国際シンポジウムの開催、最近ではシンクタンク機能の強化、宇宙ビジネス・アイデアコンテスト、スタートアップ企業やベンチャーの産業化支援などに事業の幅を広げています。即ち、2008年施行の公益法人制度の改革を受けて、2013年に一般財団法人に移行し、JAXAの事業の支援だけでなく、内閣府、経産省、総務省、民間企業等の業務の支援にも精力的に取り組んでいます。今年はコロナ禍の異常な年となり、ビジネス環境は大変厳しいですが、今後も、宇宙のプレーヤー(プロバイダー)とそのサービスを享受する国民・社会との「架け橋」となって、宇宙コミュニティの発展、そして宇宙データや宇宙技術の産業や国民生活での利用の推進に貢献すべく、全役職員で努力を続けたいと思います。

(その1)と今回の(その2)で取り上げた“ご縁”は、社会に対して一つの役割を果たせる機会をいただいたもので、感謝以外に言葉はありません。“ご縁”の表面的な意味は、関係、出会い、機会ということでしょうが、それを実現するには関連する過去の蓄積が影響しているでしょう。浄土真宗本願寺派僧侶の大來尚順氏によれば、「ご縁」とは、ただの出会いや機会というよりも、結果としてそれらをもたらしてくれた不可思議な働きかけ、もしくは力を含めて「ご縁」と呼ぶ、と述べています。出会い等の背景にある目には見えないものを観るという、日本の精神文化の深さが感じられるとも言っています。目の前で、ある話や機会があったとしても、そこに至る目に見えないプロセスがあり、それが不可思議な働きかけを作り出すのでしょう。また、そのプロセスは自らを含めいろいろな人たちの関わりの集合体でもあるでしょう。そのプロセスこそが“ご縁”を成り立たせる力になるのでしょう。普段は、想像力が及びにくい領域ですが、自らの言動や行動も、そういう領域に影響を与えていることを改めて思い起こしてはどうでしょうか。

コロナ禍の今年、オンラインが人々の交流に効果を上げ、大変役立っているとはいえ、人間関係が切り離され、一部には孤立化の傾向もあります。人と人が直接会って、言葉を交わしたり、行動で協力したりすることは、健全な人間社会を運営するために必要不可欠です。コロナ後に人と人との関係や企業活動はどう変容するのか、地域社会、国家そして国際関係の在り方はどうなるのか、模索が続いています。今後、デジタル技術が世界を席巻するとしても、今後の社会でも「ご縁」が大事にされ、人々のお互いの結びつきや絆が尊重され、人類社会に安寧がもたらされることを期待したいと思います。

坂田 東一

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